晩秋

晩秋の試聴が出来るようになったので、せっかくだから歌詞も載せて見ようと思います。これは高校生のとき熊本の草千里というところに行った時のこと。合宿をしていた私たちは先生たちに連れられて、火山を望む草原に、牛が草を食む、のどかな景色を眺めながら観光バスで道を上っていたら、晴天だった十月の空に厚い霧が覆いはじめ、気付けばあたり一面霧の中。パーキングエリアでバスを下りると辺りは怖いくらいの静寂。お土産屋さんに向かう女の子たちの歓声も姿も一瞬で霧の中…。

私を含め何人かは道路を渡り、普段は小さな丘陵が連なる草原に向かって歩いていると、霧の中から放された馬が現れ…彼らは動かず静かに尻尾を揺らしてる。その馬の大きさと言ったら。でもとても穏やかな馬たちで、いつもは観光客を相手に乗馬仕事をやっているらしく、シーズンオフともあって、くつろいでいる様子。でも瞳の中には言い表せない優しさと哀愁が漂い、何故かその瞳に私はたまらなく郷愁を感じた。多分、小さい頃に読んでもらった『すうほうの白い馬』というとても美しく哀しい童話の絵本を思い出したからかな。

馬たちを眺めつつ、再び先の見えない霧の中を行くと、今度は浅い池が…池というより大きな水溜まりのようだったかな。でもそれはなんとも幻想的で美しかった。

この時見た情景は今も私の中でひっそりと呼吸を繰り返す。晩秋はここからイマージュを得て出来たもの。晩秋に限らず、私が自然を言葉にしようと思う時、この時の感銘は泉のように私の中で流れ出します。きっと沢木葉を支える原点になっているんだと、自己分析。

晩秋

黄金の稲穂
明澄の陽受け
爽らい
舞い降りる地上の旋律

秋の川に流れ
燃ゆる森
彼方から聞こえる
誰かの願い 花になる

荘厳の丘に立ち
悠久の風吹く
十五夜
群青に瞬く道標

夜の川に流れ
揺れる影
夕闇を抜けて
あなたのもとへ 帰ろう

…余談ですが、このバス観光の帰り道、バスガイドを努めていた先生が、賑やか車内で、草千里では牛や馬を放しているので、道路にはどうしても糞が散乱するという話しをしはじめ(確かに糞が至る所に落ちていた)「そうここ、クソ千里では…」というサッムーイ駄洒落をかましたところ、誰も気付かず、もしくは無視していたのか…。一番前に座っていた私は先生と目が合い、その瞬間、なんとも言えない冷たい隙間風が吹き荒れたことが、かなしいかな、どうしても私のこの美しい思い出に、しつこく張り付いてくるのです。